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これまで日本人移民史といえば、ハワイと西海岸を中心にして語られてきた。日本人の人口が多く、日本町では多くの物語が生まれたからだろう。戦前シカゴには日本町はなかった。国勢調査によると、日本人の人口は1930年が最大だったが、524人を数えたにすぎず、中国人2757人の5分の1ほどだった。1930年のシカゴ市の人口は約338万人。その中の500人あまりは、吹けば飛ぶような存在と見なされても当然だろう。
しかし、そうではなかった。数は少なかったが、日本人には存在感があった。「たった一人」の存在感である。それはまさしく、未開の土地を自分の手で切り開いていったアメリカ人のパイオニア精神にも匹敵する存在感といってもいいだろう。戦前シカゴの日本人は、今日まで続く日本人に対する一般的なステレオタイプ、たとえば集団で行動するとか「顔」が見えないといったイメージを自らの手で破り、生き生きとシカゴで生活していた。このシリーズでは、「たった一人」でシカゴのアメリカ社会に向き合ったユニークな日本人たちを紹介する。