大小約700もの島が点在する瀬戸内海で、山口県南東部に位置する周防大島(正式には屋代島)は3番目に大きな島だが、ここに日本ハワイ移民資料館(Museum of Japanese Emigration to Hawaii)がある。観光的には「瀬戸内のハワイ」とも呼ばれる島の資料館とはどんなものなのか、なぜここに資料館ができたのか、中国地方への旅の途中で訪ねてみた。
資料館は成功者の家
国道188号から車で大島大橋を渡り島に入り、海岸沿いをしばらくすすんでから内陸に入ると案内が出ている。これを頼りにさらに長閑な田園地帯の細い道を右に左に行くと、ようやく木造二階建ての資料館にたどり着く。
どうして、こうした入り組んだところにあるのかというと、この資料館は、もとは明治時代にこの島からアメリカに渡って成功した福元長右衛門という人が、1924(大正13)年に帰国したのちに建築した住居で、それをそのまま利用したためこの場所となったのだった。いまの金額に換算すれば推定およそ3億円をかけたとされる建物は、伝統的な日本家屋に洋式の意匠を取り入れた和洋折衷の趣がある。
周防大島からは明治時代に島をあげて多くの人がハワイへ移民、その歴史を後世に残しておくため、1999年、地元周防大島町(山口県周防大島郡)によって開館したのがこの資料館だ。
日本のアメリカ、ハワイへの移民の歴史を踏まえて、…