渡日に対する決断に祖母の影響(英語)

渡日に対する決断に祖母の影響(英語) バンドエイドで悟ったこと(英語) 子供時代の日本の影響(英語) 外からみた母国アメリカ(英語) アメリカと日本の仏教(英語) 日本の妻の家族(英語)

書き起こし文章は右記の言語でご覧になれます:

(英語) 僕が日本へ来たのは祖母の影響だと思います。僕の家族には僕が旅行する為のチケットを準備する余裕はなかったので、何か別のやり方を見つけなければなりませんでした。大学ではちょうど海外交換留学プログラムが組まれていて、それに自分も参加したいと思ったんです。 でも、自分はヨーロッパに行くものだといつも思っていたんです。高校ではドイツ語を勉強していましたし、子供の頃アメリカは基本的にヨーロッパ文化で成り立っていましたからね。今ではラテン系やアジア系が多数入って来ていますけど、当時は基本的にはヨーロッパ文化一辺倒でした。それから戦争の影響もあって、日系アメリカ人が自分たちのアイデンティティを確立するのは難しかったんです。アメリカで生まれた人は、人種のるつぼの中にアメリカ人として溶け込み、アメリカ人として生きたいと思っているんですね。そして僕は、ドイツ語を勉強したこともあって、交換留学の申込用紙を手にした時にはドイツのヘイデルベルグ行きを希望すると書くつもりでした。でも実際に用紙に書き込む時、僕は行き先を選択する欄に初めて日本と書いたんです。僕の祖母は強い女性だったのですが、そんな祖母や両親を見て育ったからこそ、僕はその時日本と書いたんだと思いますね。

日付: 2003年11月28日
場所: 日本、佐賀県
Interviewer: アート・ノムラ
Contributed by: アート・ノムラ、『ファインディング・ホーム』

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