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娘の病気と母の告白 「ラスト・チェリー・ブロッサム」という小説がある。戦時下の広島を舞台に、多感な少女ゆりこと優しい父、ゆりこが距離を感じる同…
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およそ1年間にわたり日米をまたにかけて活動した加藤新一という人物の生涯と業績を追ってきました。1900年に広島市で生まれ、1982年に故郷で亡くなっ…
行動するジャーナリストである加藤新一は、書き残したものはすくない。少しでも本人の書き残したものがないか、故郷広島の「広島平和記念資料館」の「平和デー…
原爆投下からひと月ほどして加藤新一は、広島を訪れた赤十字駐日首席代表のマルセル・ジュノー博士の通訳兼案内を担った。そして11月1日付で政治部長に就任…
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その1を読む >> 4. 被爆者の渡った国々—中南米 パラグアイ 赤い土が印象的な南米の国パラグアイには、遠大に拡がる農場が数…
1. 北米南米に住む被爆者 私たちは「南米・北米に住む被爆者」という題名を聞いて、どんな印象を受けるだろうか?そこから、どのような物語、心象、感情…
広島県広島市出身で、6歳から10歳まで戦争を体験し、その後結婚を機にシアトルへ移住した藤井藹子(ふじい・あいこ)さん。米国書道研究会シアトル支部やシ…
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「おばあちゃんと呼んで」 据石さんは平和講演を行う際、冒頭で「私の事をおばあちゃんと呼んで」と聴衆に呼び掛けた。一般的に、原爆の話になると、落とし…
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その1を読む>> 山下ヤスアキ(保昭)は、長崎で1939年に生まれた。1945年8月9日に、米国の2番目の原爆投下が行われるまで、ヤスアキは幼…
今年8月、終戦71周年を迎える。広島と長崎に原爆が投下されてからそれだけの年月が経っているということだ。終戦直前に、この二つの都市では多くの人が死傷…
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